
(音声:天馬 トモエさん)
殺人などの犯罪は
小説や映画で よく題材にされます。
どこの国でも 人気を集めていることを見ると、
それだけ人間の好奇心を
刺激するものが あるのでしょう。
現実の殺人事件も
古くから 新聞やテレビ、週刊誌を
にぎわしてきました。
私は 1980年代に
三重県警と 愛知県警の捜査一課の
取材を担当する 記者でした。
殺人や誘拐などを 捜査する部署です。
事件が発生すれば、
連日 続報を出します。
現場に 犯人の遺留品はないか、
目撃者はいないか、
被害者の周辺に 怪しい人物はいないか。
警察は 容疑者を いつ逮捕するのか、
逮捕された容疑者は
どんなことを 自供しているのか……。
ネタ(記事の元になる情報)の ほとんどは
公式か非公式かを 問わず
警察当局からのものなので、
どうしても 警察の価値観や見方に
沿ったものになりがちです。
逮捕された容疑者は 実名で呼び捨て、
顔写真も付けて 報道していました。
容疑者が いかに悪質で冷酷かを
強調するような記事が
山のように 掲載されました。
だいたいどの新聞でも 同じでした。
そうした犯罪報道に
ブレーキをかける動きも ありました。
1984年に 共同通信の記者が書いた
『犯罪報道の犯罪』という本がそうです。
裁判で 有罪が確定するまでは
無罪と推定されることが
法律で定められているのに、
どうして 警察が逮捕しただけで
容疑者の人権を 踏みにじるような
報道をするのかというのです。
その後、マスコミは
実名を報道する際には
「〇〇容疑者」「△△被告」などの敬称を
付けるように なりました。
1997年に起きた
神戸 児童 連続殺傷事件では、
被害者の自宅に
複数のマスコミが連日
取材に押しかけ、二次被害を受けたことが
問題となりました。
弁護士会などからの批判も 強く、
新聞各社やテレビ局に
外部からの苦情を 受け付ける
第三者委員会が
設置されることになりました。
2000年以降は
いくつかの少年事件で、
容疑者の精神鑑定で 判明した 障害名を
新聞各社が 大きく報道したことが
物議をかもしました。
障害者団体が
センセーショナルな報道をしないよう
声明を発表し、
それから 障害名が
見出しに大きく載るような記事は
見かけなくなりました。
ただ、犯人捜しや 容疑者が
いつ逮捕されるかという
競争が始まると、
今も マスコミの報道は
過熱し 暴走します。
あまり本質は 変わらないのかもしれません。
京都府南丹市の 男子小学生の事件を
見ていると そう思います。
男児が 行方不明になった当初から
週刊誌や新聞、テレビの報道は
過熱していきました。
子どもの行方不明は
9歳以下だけでも 毎年1000件を超え、
10歳以上は さらに多くの子どもの
捜索願いが 出されています。
(その多くは 無事に
見つかってはいるのですが)。
親などによる虐待で 命を落とす子どもは
毎年50人前後は います。
どうして 京都の事件ばかり
こんなにマスコミ各社が
洪水のような報道をするのかと
違和感をおぼえる人は 少なくないと思います。
当初から 継父があやしいことを
におわせる記事が 見られました。
どのように 証拠が固まり、
警察は いつ継父を逮捕するのか。
そんなことを 競うような報道は
以前と変わりません。
SNSが過熱する報道に
油を注ぐような状況を 見ていると、
さらに問題は 複雑になっているような
気がしてきます。
(文:代表・野澤 和弘)
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